家出女性の神@泊め男の存在

神待ち女性たちの神々

帰る家がない女の子を一晩自宅に泊めてあげて、その対価として性行為ができるかもしれない、というのが、「神待ち」のおおまかな流れです。

「神待ち」について考えていくと、「神待ち」の女性と、女性に宿泊場所などを提供する「神(泊め男)」の関係性には一片の隙もなく、需要と供給が完全に一致している、と思わず錯覚してしまいます。

困っている女性を、余裕がある男性が助ける、というイメージは、「神待ち」を狙えば、誰でも若い女性と無料でセックスができる、という安直な答えを導き出しがちです。

あまりにもよくできすぎた話で、「神待ち」というのは、個人的には面食らう部分の多い疑わしい領域の話ではあるのですが、よくできすぎた話が豪快に投げ出されている状況というのは、意外と、人の警戒心を解いてしまうものなのかもしれません。

この、「あまりにもよくできすぎた話」を、無思考、無批判で、ただただ鵜呑みにすれば、「いいことが起こる予感」だけが残りますね。

しかし、「神(泊め男)」を待ち受けているのは「いいこと」ばかりとは限りませんし、むしろ、多くの困難が「神(泊め男)」の前に巨大な壁として立ちはだかることになります。

神でいることはなかなか大変

もし、「神待ちの女の子を泊めてあげれば、ただでセックスができる」という神話が本当であるならば、世の中にいるすべての男性が「神(泊め男)」志望の人間として動き始めることになるでしょう。

しかし、それが神話であり、よくできすぎた話であるために、最終的には「神(泊め男)」という選択肢をとる人間のほうが少なくなる、というのが現状です。

これが性が絡んでくる男女の関係の不思議というものなのでしょう、「神待ち」というのは、需要と供給の完全一致の関係にありながら、「難攻不落」といっても過言ではないような、難易度と特殊性を持っているというのが実際のところなのです。

ですから、「神(泊め男)」になることはもちろんのこと、「神(泊め男)」として、「神待ち」の女性に対してある程度の打率のアベレージを維持するということは、非常に難しく、そのための努力が必要となってきます。

そうなると、「神(泊め男)」になりたいと願っていた当初のモチベーションが下がり、多くの場合は、「神(泊め男)」にはなれずに「神待ち」の第一線から退いていくことになります。

あるいは、「神(泊め男)」として一夜の性交を得たあとに、「神待ち」の女性と知り合い、出会いの交渉をし、一晩を過ごすという過程を通して、面倒であったり、理想と少し違う現実的な側面に、いささか冷めるような感覚になってしまい、「神(泊め男)」であることをやめてしまう、という男性もいます。

素人の女性とセックスすることがどれくらい好きか、ということも、「神(泊め男)」としての適正に関わってくるようにも思います。

「神(泊め男)」として「神待ち」の女性と性行為をすることによって、別のリスクも発生するため、安心な性行為という側面から、「神待ち」の女性を狙うことをキッパリやめる男性もいますね。

私などもそのようなタイプで、「神待ち」の女性を泊める「神(泊め男)」をやるよりは、風俗に行った方が手っ取り早いし、まだ安心だ、ということがわかってからは、おとなしく「客」に戻ったという経緯があります。

それと同時に、「自分は『神(泊め男)』が向いている、自分には『神(泊め男)』というあり方しかない」というタイプも当然いて、そういった男性は「神(泊め男)」として、「神待ち」の女性を狙うことに対してより熱心になっていきます。

神待ちは貧乏な神を待ってはいない

「神(泊め男)」にとって最初の躓きとなるのは、「神待ち」の女性と完全に無料でセックスができるわけではない、という事実ではないかと思います。

多くの「神(泊め男)」志望の男性にとって、「思ったより無料ではない」という残酷な現実は、「話が違うじゃないか!」という激憤を呼び起こし、その淡い夢を根こそぎ破壊するようなものでしょう。

「神待ち」の女性と関わると、意外とお金がかかる場面に立ち会うことになる、ということは、実際に「神待ち」の女性を狙って動いてみないと、実感としてはうまくつかめないかもしれません。

「神待ち」の女性を狙う、というときに、おそらく利用することになるのは、出会い系のサイトや、テレクラなどのサービスになるのではないかと思います。

「神待ち」といえば「神待ち掲示板」という選択肢もあると思いますが、基本的に、「神待ち」の女性とは「神待ち掲示板」では出会えないと考えておいたほうが賢明でしょう。

神待ち掲示板と呼ばれている場所は、「神(泊め男)」になろうとしている男性を騙すために作られていることがほとんどだ、と判断してまず間違いないでしょう。

いわゆる「出会えない系サイト」に分類される悪質な神待ち掲示板を利用して「神(泊め男)」になろうとするのは愚の骨頂と言えます。

無料のSNSを駆使して「神待ち」の女性を探すという手段もあるのですが、「神待ち」の女性を狙う「神(泊め男)」であるならば、SNSというのは絶対におさえておくべき基本事項のようなもので、「倍率」が非常に高いという側面があります。

無料のSNSなどは、「転ばぬ先の杖」といいますか、「神待ち」の女性とのわずかなチャンスも逃さないために保険として併用する、というような使用法になることが多いのではないかと思います。

神々の倍率

出会い系や、テレクラなどの「優良」かつ「有料」の場に参入することで、「神待ち」の女性を狙う「神(泊め男)」たちの「倍率」というのは、少しばかり減ることになります。

出会い系のサイトなどは、女性の場合は利用料金が無料ですが、男性側は、様々な機能を使うためにある程度の「課金」をしなければなりません。

貧乏根性が先行し、「なんとかしてお金を使わずに女性とセックスを決め込みたい」と考えているタイプの「神(泊め男)」は、「課金」が発生する出会い系などを回避する傾向があります。

ここで、「神(泊め男)」たちの「倍率」に変動が起こるというわけですね。

よっぽどのナンパ師、口説き上手でもない限り、無料のsnsを巧みに駆使している強い「神(泊め男)」を相手にして、彼らを出し抜くように、「神待ち」の女性との出会いを手に入れるというのは、正直、非常に難しいと言わざるをえません。

それらの、他の「神(泊め男)」たちとの対決は、出会い系などに参入したあとも続きますが、こちらになると、無料SNSなどに比べると、参加している人数がやや少ない分、いくらか戦いがイージーになります。

「神待ち」というのは、「良質な出会い系」をトップにして、無料SNS、神待ち掲示板といった順序で、「神待ち」の女性との出会いの確率が減っていくものだ、くらいに考えておいてもよいかもしれません。

減っていくというより、ほぼ、優良な出会い系を使うことでしか、神待ちの女性との出会いはないといっても過言ではありません。

なんにせよ、もし「神(泊め男)」になりたいのであれば、出会い系の利用は必須です。

そして、出会い系の利用には必ずある程度のお金がかかりますが、出会い系のサイトへの課金は、「神(泊め男)」になるための初期費用、準備資金と思いましょう。

「神待ち」というのは、「無料でセックスができる」どころか、その、会えるかどうかもわからない「交渉」の段階からお金がかかってしまうものです。

これが、まず「神(泊め男)」になろうとする男性に対して突きつけられる最初の手厳しい現実でしょう。

神は「支援」を求められる存在

優良な出会い系などで「神待ち」の女性を見つけ出し、様々な機能を使うための課金をしながら交渉し、出会いにこぎつけたとしましょう。

ここで「あとはもう、タダでセックスさせてもらうだけだ」と思うのであれば、「神(泊め男)」としては、まだまだ脇が甘いと言わざるを得ません。

「神待ち」の女性が欲しがっているのは、宿泊場所だけではありません。

根本的な経済難という危機に瀕している「神待ち」の女性にとっては、「宿泊場所」と同じくらい「その日の食事」というのが重要になってくるものです。

「食費」だけでなく、様々な生活必需品や替えの下着代など、細々とした出費が「神待ち」の女性と関わる場では発生することも忘れてはいけないでしょう。

ちりも積もれば、という言葉ではありませんが、「神待ち」の女性への様々な物品支援などが重なると、ちょっとした風俗などでよりよいサービスを受けるためのオプション代くらいにはなります。

風俗であれば、課金することによって、より性的なサービスを受けることができるのですが、「神待ち」の女性に関しては「純粋な支援」だけが施される状態になりますので、そのような支援をしたからといって、いいセックスが体験できるというわけではありません。

もちろん、「神待ち」というものを、「なんとでもセックスにこぎつける」という考え方で利用している限りにおいては、やや「損」ではありますが、「神待ち」の女性との交流を「セックス」に限定しないのであれば、このようなちょっとした「支援」や「投資」というのも楽しく感じられることでしょう。

あるいは、ここで、実際のセックスに対してではなくて「もしかしたらセックスさせてもらえるかもしれない」という期待感に細々としたお金を払っている、と考えられるのであれば、「神(泊め男)」としての適性がかなりあるのではないかと思います。

「神待ち」というのは、家出女性などと無料でセックスができるもの、というイメージが強力にあるかもしれませんが、女性たちがまず何よりも求めているのは「支援」であり、「神(泊め男)」に求められているのは、その肉体や性的な魅力などではなくて、「支援」の能力であるという基本を忘れないようにしましょう。

セックスに先立つものはなんといっても「支援」なのです。

女性に対して「支援」を施すことにセックス以上の快楽を感じられるというタイプこそが、実際は「神」と呼ぶにふさわしい男性なのかもしれません。

神が自宅を知られるのは危険

「神待ち」の女性に、「自宅」というプライベートな空間を「宿泊場所」として提供するべきかどうか、という問題も発生します。

「神待ち」の女性には、自宅を差し出すのが基本というのはもちろんあるのですが、「神待ち」の女性を自宅に泊める、ということは、「神(泊め男)」にとって大きなリスクを抱え込むことでもある、ということは充分に知っておかなければなりません。

すべての「神待ち」の女性がそうであるわけではないのですが、「神待ち」の女性の一部には、「盗癖」の持ち主といったタイプの女性もいます。

「神待ち」利用者の体験談などで散見されるのが、この「神待ち」の女性による盗難被害です。

「神待ち」の女性を自宅に宿泊させるということは、様々な「個人情報」を知られることにも繋がる、ということも念頭に置いておきましょう。

無料でセックスできると思って、「神待ち」の女性を自宅に招いたがために、手元の現金だけでなく、カードや通帳などを根こそぎ持っていかれてしまったとしたら、元も子もありません。

さらに、追い打ちをかけるように、知られた個人情報などを悪用されてしまった日には、もはや泣き寝入りするしかないですね。

これは、プラマイゼロどころではなく、完全にマイナスの出来事といっていいでしょう。

「神(泊め男)」としては、あらかじめこの「盗難」や「プライバシー保護」への対策をしっかりと練っておく必要があります。

そのうちの、最も有効な策は、宿泊場所を「自宅」にするのではなく、お金を払うことで利用できる宿泊施設にするということです。

そのときには、必要最低限の金品だけを宿泊先に持っていくようにしましょう。

ホテルに泊まる、となると、さらなる出費がかさみますから、なるべく安く女性とセックスしたいと考えているタイプの「神(泊め男)」としては抵抗があるかもしれませんが、ともすると全財産を奪われかねない「神待ち」女性と関わる際の保険料、安全代だと考えれば安いものです。

「神待ち」の女性のなかには、「神(泊め男)」というのが、自分の肉体を抱きたいがために交渉をしかけていることを熟知している一筋縄ではいかないタイプも多く、そういった「神待ち」の女性を相手にした場合、宿泊費とは別に、セックスのための費用も別個で要求されることがあります。

ホテルなどに宿泊代を支払って神待ちの女性と一泊して、金銭を支払って性行為をするようなことがあると、デリヘルでよかったのではないか、という疑問が芽生えてしまうものです。

ここに至っても、「いや、自分は神(泊め男)としてやっていく」と決意できるタイプだけが、おそらく「神(泊め男)」でいつづけられる男性ということになるでしょう。

神の天敵に気をつけよう

「神待ち」というと、ついつい「家出少女」というものを連想しがちですが、連想するのは「少女」ではなく「大人の女性」にしなければなりません。

「神(泊め男)」にとって、最大の難事があるとすれば、それは、18歳以下の女の子と交流を持ってしまう瞬間です。

ここで、「家出少女の若々しい肉体が抱けるなんて最高じゃないか」と考えた場合、ある意味「神(泊め男)」としての適性が強いともいえるのですが、このような考え方を持っているタイプの「神(泊め男)」志望の男性は、両手に手錠をかけられる日が近いだけともいえますので、考えを改めるなどして、気を引き締めましょう。

「神待ち少女」と呼ばれる法的に「児童」とされる「家出少女」と関わりを持つことによって、「神(泊め男)」が一転して「犯罪者」になりうる、という破滅と背中合わせなのが「神待ち」のおそろしい部分です。

「神待ち少女」を一泊させてしまっただけで逮捕の可能性が発生しますし、実際にセックスをしていなかったとしても、少女側の言い分で淫行の罪も余分に着せられることになります。

自分にはもう何も失うものはないのだ、というタイプであれば、何一つ行動を止める言葉を持ちませんが、何かしら守らなければいけないものや、社会的な顔を少しでも持っているのであれば、少女との淫行を疑われるような行動は極力避けたほうがよいでしょう。

「神待ち」の女性を狙うにあたって「優良な出会い系」を利用することが必須なのは、単に「神(泊め男)」の「倍率」を減らすことだけが目的なのではなくて、「少女」との遭遇を回避する、という目的も含まれています。

というのも、悪質な出会い系ならさておき、優良な出会い系というのは、登録時に「年齢確認」というものが実装されていて、18歳未満には登録や利用ができない仕組みになっています。

優良な出会い系サイトという場所で「神待ち」の女性を探す場合、登録時の「年齢確認」の厳密さによって、18歳未満との接触の確率がグンと減少することになります。

これが、無料のSNSだったりすると、年齢確認ができませんので、何かの間違いでSNSなどを通して「神待ち」の女性と出会ったときに、相手の女性が18歳以下であるという可能性も生じてきますので、非常に危険です。

「知らなかった」とはいえ、「知らなかった」では済まされない領域の話ですので、チャットなどの会話アプリなどのログでやりとりをしはじめている段階から危険が発生していることになります。

ともすると、交渉をしただけであって、「性交」はおろか、「宿泊」すらもしていないにも関わらず、交渉の段階の内容で「淫行」に結び付けられる可能性もありますから、無料のSNSなどで出会う「神待ち」の女性とのやりとりは、警戒しすぎるくらいでちょうどいいと言えるでしょう。

万が一ということもありますから、出会い系サイトで知り合った「神待ち」の女性に対しても、「年齢確認」は絶対にするようにしましょう。

クレジットカードや身分証明書による「年齢確認」によって、出会い系サイトは18歳未満の使用ができなくなっているとはいえ、「抜け道」というのはどこにも存在しているもので、まれに、18歳未満の女の子が出会い系に登録していることもあるので、注意が必要です。

神の天敵はまだまだいる

「神待ち」の女性とのセックスは、その準備の段階からセックス終了後まで決して「無料」ではない、ということを前提として知った上で、「神待ち」の女性との交渉に成功し、「盗み」などへの対策も万全というような「神(泊め男)」であったとしても、決して逃れることができない最大のリスクがまだあります。

それは、不特定多数の男性のもとを転々と泊まり歩いている「神待ち」の女性が性病に感染しているかもしれない、というリスクです。

安心な性行為、という観点から考えたとき、「神待ち」の女性との性行為というのは、決して「衛生的」であるとはいえず、非常な危険を伴うものであると断言してよいものでしょう。

たかが性病と侮ってはいけません。性病に感染している「神待ち」の女性が、必ずしも「軽い性病」に感染している保証はどこにもありません。

18歳以上しか利用できない優良な出会い系サイトで出会ったから、という理由で安心して性行為をしてしまった「神待ち」の女性が、取り返しのつかない重い性病に感染しているかもしれないというリスクについては、つねに、充分に考慮されなければならないものです。

「神(泊め男)」になり「神待ち」の女性に手を出すということは、「犯罪者」になる可能性というリスクだけではなく、「病人」になるかもしれないというリスクを背負うということでもあります。

「神(泊め男)」であることから脱落する、ということの理由にはこの辺の事情も絡んでいます。

そういう意味では「神(泊め男)」というのは非常に勇気がある男らしい選択ともいえますし、少々向こう見ずな選択であるともいえるでしょう。

神待ちは終わらない

「神(泊め男)」になるということ、そして、そうであり続けるということは、基本的には闘争の連続ですし、「神(泊め男)」であろうとする限り、その闘争には決して「終わり」というものが訪れることはありません。

「神待ち」の女性と出会い、一夜の関係を築くためには、自分以外の「神(泊め男)」候補生たちとの闘争に、つねに勝利しなければなりません。

この、さながらゲリラ戦の連続のような終わらない闘争に消耗するようになって、「神(泊め男)」であろうとする心がじわじわと削られ、少しずつ男性が「神待ち」というフィールドから脱落していくことになります。

「神待ち」の女性にとって、理想の(つまるところ、都合の良い)「神(泊め男)」であることにもある程度の持続力が必要とされますから、「神待ち」の女性を狙うという特殊な戦いの場から早々に抜けてしまうことが、不毛な疲弊から逃れる唯一の道であるともいえるでしょう。

実際、多くの人が、「神待ち」の女性とのセックスが決して無料ではないという現実を前にし、煩雑な交渉、悪徳業者に騙される経験、盗みなどの事件、性病感染などのリスクなどと付き合うことは馬鹿らしい、と考えて「神(泊め男)」というあり方に見切りをつけていきます。

ですが、同時に、それらの数多くの困難を前にしても、決して「神(泊め男)」であろうとすることをやめないタフな男性たちが、つねに変わらず、一定数いることも確かです。

「神待ち」の女性たちの存在なしには「神(泊め男)」というあり方も存在できないのですが、それは、逆もまた然りです。

あえて茨の道を進みながらも、それでも確実に「神待ち」の女性との関係性を手に入れている「神(泊め男)」たちのたくましさとへこたれなさは、もしかすると、尊敬に値するようなものなのかもしれません。

不屈の精神を持つ「神(泊め男)」たち、そして、未来の「神(泊め男)」候補生たちの前途が少しでも輝かしいものになるよう、私からはエールを送ることしかできません。